チンギス・ハン

今、日経新聞朝刊の連載小説に「世界を創った男 チンギス・ハン」という題で堺屋太一氏が書かれています。   二ヶ月余の作業中の最大の娯楽がこの連載を読むことでした。
チンギス・ハンについては昔歴史で習った程度で、それよりもその後フビライ・ハンの蒙古襲来の方が日本人には馴染みが深いでしょう。  たった100人弱のテムジン集団(アイル)からスタートした後のチンギス・ハンがその後世界をどうやって創ったのか興味は尽きません。
義弟の殺戮、捕虜、妻ボルテの略奪と波乱万丈の滑り出しです。    しかしこの時のテムジンといわれていた時から、その若さににずその知恵と沈着な読みは図抜けていたようです。
その状況判断とそれに即した人の使い方は、天性というか人の上に立つために生まれてきた
人間だったのでしょう。   そのなかでなるほどと思った個所は、母が妻ボルテを奪われてテムジンが苦境にたった時に「神は乗り越えられる試練をお前に与えた」という言葉です。
これは前にブログで書きました信州の酪農家の成功話のなかでも同じ言葉がありました。
何かをなし得るかどうかは、試練をこのように前向きに捉えることが出来るかどうかにあるようです。   功をなした人すべてに共通する要素として、逆境後の挽回が凄いのはこの言葉があるかないかは別にしても、逆境をバネに這い上がられる精神構造がある為と見て良いと思います。   株式市場でも同じで、順調に終わる株式投資はないと覚悟をされたほうが良いでしょう。   波乱万丈の嵐を乗り越え、やり過ごし、そこにこそ株式投資の醍醐味があるというお気持ちで望まれたら如何でしょう。    株式投資を毎月30万円稼ぐ定期貯金感覚で望まれたら
3ヶ月は順調でも、4ヶ月目に100万円の損を出しかねません。   ただ命の次ぎに大切なお金をやり取りするのですから、くれぐれも命取りになる博打だけはされませんように。
細く長く、息の長い、しぶとい投資家になってください。   テムジンのように。
by 11miyamoto | 2006-05-13 11:59 | 雑感


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