<   2007年 08月 ( 10 )   > この月の画像一覧

会員登録まもなく締めきります。

記事の配信と名簿登録の関係で9月末をもって会員登録を一旦締めきらせていただきます。 
ただし適性規模の範囲(最大で600名まで)で募集を行いたいと考えていますので、その前に定員に達しました場合は締め切る場合もございます。 またそれ以降は最低半年間は新規の会員募集は行いませんのでご諒承下さい。 また会員の適性規模の範囲で運営を行いたいと思いますので、定員に達した場合には今後一切新規募集は行わない可能性もございます。 勝手なことばかり申し上げますが、当面私ができる範囲と能力の限界を考えてのことですからお許し下さい。

* 8月25日(土)18:00  登録頂いた方へのご案内が大変遅れていますが、9月初めから10日ぐらいかけて順次ご案内いたしますので,いま少しお待ち頂きたいと思います。
今整理していますとメールアドレスを書きこんでおられない方がおられます。 名前が抜けておられる方も何人かおられます。 通知はメールでいたしますので、必ずメールアドレスを書いて送ってください。 名前も同じです。
by 11miyamoto | 2007-08-24 09:24 | 雑感

新しい宮本道場のご案内

8月17日現在498名の方が宮本道場の会員の申しこみをいただきました。 それと同時に会員になるとお金がかかるのではないかというご心配の方がおられます。 そこで事前に新しい宮本道場がどのように変わろうとしているのか、何を目指しているのかを会員にお申し込みいただいた方も、迷っておられる方も含めてご案内させていただきます。 スタートの20数名から足掛け5年弱株式投資の普及活動を続けてきましたが、その間は株式ブログを中心とした活動に留まってきました。 たまに小人数の株式講演会を開催しましたが、基本的には株式道場とは名乗っても殆どの方の顔が見えない株式ブログの限界を悟りました。 もっとお互いの顔が見えて
誰に何を発信しているのか明確でない今までの形態から、更にもう一歩進めて的確な方針を出せる方向にシフトしようと決心しました。 株の話は二の次で宮本個人の話の方には、新しく「人生いろいろ宮本塾」(無料,10月以降の予定)。 月一の株講義のキープ オン アベニューの宮本道場(無料)。 日経平均を中心とした株式情報 (毎週1回配信、チャートつき、月実費経費の500円の利用料)、資産運用コース(月1回配信、半年3千円)、お小遣稼ぎコース(月2回、半年6千円)、株式講演会(無料か遠隔地は実費分ご負担)、チャート白本の改訂版(来年夏まで分冊で完成予定、価格未定)とここまでは具体化しています。 会員になられても、無料だけを見られれば月々の会費はかかりません。 ここから先は株式研修会の開催、株式研修旅行、宮本道場ファンドの立ち上げ、宮本道場の建設と夢は果てしなく広がっています。 しかし先を急がず、一歩一歩着実に積み上げていきたいと思います。 また私の夢を継いで下さる方を探しています。 その方には私がいままで学んだ株式投資のすべてを無料でお教えします。 ただし私が見込んでで惚れこんだ方にします。 私の子供達には無理に継がす意志はありません。 私から見て子供達の能力の点で及ばなければ駄目ですし、子供達には子供達の自分で自由に生きていく道があると思うからです。 私はチャート白本以外全ていままで無料を原則に進めてきました。 しかし私の夢を実現する為には、すべて無料ではスタッフも雇えず私達夫婦は体の限界をきたしてしまうことでしょう。 有料といってもそこにかかる実費(最大はお手伝いさんの人件費、パソコン関連の備消耗品、その他雑費)だけをいただくつもりで、私の人件費やノウハウ料は入っていません。 誰が見られるかわからないブログだけの掲載は、出すだけですからある意味ではそんなに費用がかからない便利なやり方なのですが、会員制にして目的をはっきりさせますと、この会員の維持管理費用がかかるようになります。 それは私がチャート白本を出して痛感したことです。 数100名の会員や名簿管理をする為には、最低でも1名のスタッフが必要なのです。 このような段階に進むべきか今までのブログでのやり方が良いのか随分悩みました。 しかし、私の体や妻の負担増を考えると、正直もうどちらも辞めようかと考えることもありました。 友達も一銭の得にもならないのをいい加減辞めろ、体が駄目になると諭してくれました。 しかし500名の方のラブコールに負けました。 取りあえず、いけるところまでやって見ます。 それに一度は夢見た宮本道場の研修場の完成を、皆様の応援で成し遂げたいと考えました。 私の名前は冠していますが、これは会員の方が自由に集まり研修していただく場所になります。 その前に10名前後の3から5泊程度の親睦旅行(宿泊地点を10ヶ所くらい設定)を催して、人生について株について語り合いたいと願っています。 私が願う株だけの人生でない、生きるということはどういうことなのかを語り合いたいと思うからです。 幸い私のブログを見て以前に比べて狼狽売りがなくなり、成績がとてもよくなりましたという報告つきの会員申し込みが増えました。 そうです、来週からが打診買い(4分の1程度)のチャンスなのです。 キープ オン アベニュー第7話を読まれて、何と全株を日経平均17、700円で手放され、昨日15、200円台(私の予測は14、500円でしたが)をつけた時点でその半分の資金を使って株を買い戻された方がおられます。 後の半分はもう一度来る戻り(14,500円)で買いますというプロも驚くレベルの方が現れました。 その方は株を始めて未だ3年です。 その基本となったのが私の白本とブログとキープの記事を参考に投資スタイルを固められたそうです。 このような方が会員の中に沢山現れること、そして会員の方の資産がどんどん増えて、それが宮本道場の研修場建設につながることを願います。
by 11miyamoto | 2007-08-18 07:57 | 雑感

ブログを辞めましたのにいまだ多数の訪問者がお越しいただき申し訳ございません。

ブログを辞めますといってから10日以上も立ちますのに、いままでとほぼ変わりない訪問者が見に来ていただいております。 誠に申し訳ございませんが、ブログは辞めさせて頂きます。 目下それに変わる新しい方式を模索中ですが、会員制にいたしますので継続の方はお申し込みください。 お申し込み方法等は前の記事をご参照下さい。 キープ オン アベニューのマネー企画の株式指南宮本道場は続けますので、引き続きご愛読下さい。 目下第7話まで進んでいます。
by 11miyamoto | 2007-08-13 11:05 | 雑感

宮本道場を心から愛して頂いた皆様へ

株式ブログはこれをもって終りにしますが、宮本道場の本当の発展はこれからだと決意しています。 株式道場・人生道場を心から愛していただける方々の新たな集いをこれから新しい形でスタートさせたいと思っています。 講演会・教室の開講・チャートの配信等今までよりも更に一歩前進した形の宮本道場のモデルを模索中です。 ただしこれからは全て会員制にします。 顔の見える方にのみ限定させていただきます。 会員とはいっても原則無料ですが、経費のかかるものについては経費分担に相当する分は有料とさせていただきます。(これは経費がかかる行事に参加された場合や有料資料を買われた場合のみで、経費の負担の少ない通常のお知らせは無料です。) 今現在で既に100人を超える方が、何らかの形で今後とも宮本道場とのつながりを持ちたいとご希望ですが、これから同じくそのような方を募集いたします。 今までのように何千人の方が訪れる開放型から,数はその10分の一でも同じ気持ちを持った方々との集いに切り替えます。 夢や人生観の共有から新しい形のコミュニテイを目指します。 将来は宮本ファンドや宮本道場研修所などの立ち上げの夢を持っています。 しかし会員の方の出入りは自由で,何らその自由を拘束するものではございません。

ご希望の方は非公開コメント欄に 〒 ご住所  お名前  E-MAIL 愛称名を書いてお送り下さい。
ご登録いただいた方へは 2ヶ月以内に新しい宮本道場のご案内をお送りします。 必ず非公開コメントか私のメールアドレスまでお送り下さい。 すでにメールや非公開コメントでお送りの方は結構です。 誤って公開コメントで送られた方は消してください。 私のほうでも見つけ次第消します。

* メールやコメントの申しこみが多数ですぐに返答出来ませんことをお許し下さい。
  名簿の整理が出来次第ご連絡させていただきますが、ご案内はかなり遅れることをご諒承
  下さい。 顔が見えると私が書きましたのは、住所・氏名・アドレスのことで免許の写真を送っ  てほしい  という意味ではありません。

* 8月11日現在メール、コメント、電話、FAXから約430名近くの方からご連絡をいただきま
   した。  有難うございました。  お返事はすぐには出来ませんが,間違い無く受けつけさ
   せていただきました。  新しい形をどうするのか、また発信形態の選択と課題が山積です
   が、時間をかけて作り上げていきたいと思っています。  相場は今大荒れですが、明日の
   日経平均が16,651円を守れるかどうかがポイントでしょう。 ここを切りますと、もう一段
   の下落が考えられ初めに想定した最悪のシナリオになる可能性があります。 短期的には
   まだ若干の下ブレは考えられますが、東証1部の銘柄のPERは17.6%、騰落レシオ25
   は62.5%と共に最下限レベルにありここは我慢の踏ん張りところでしょう。 恐らくサブプ
   ライムローンの問題が落ちつけば、反転してリバウンドする可能性が高いですから、このよ
   うな叩き売りの状態で株を手放すのは悔やまれることになると思います。

* またこの欄への公開コメントは削除することもありますのでご諒承下さい。
by 11miyamoto | 2007-08-08 23:09 | 雑感

エピローグ  5

この記事でこの株式ブログの最後にしたいと思います。 初めにE-MAILで仲間に配信した時からすでに4年半経過しました。 このブログにしてからでも2年10ヶ月を経過しました。 長かったようなあっという間だったような不思議な気持ちです。 今振り返りますと、不完全な記述だったり誤解を招くような記事であったりと反省するところが多いのですが、一つだけ私自身を褒めても良いと勝手に
思っているところがあります。 それは手抜きをせずに、私のその時点での力を振り絞り一生懸命に書いてきたことです。 また出し惜しみせず、その時の出せるものは全部出して書いてきたつもりです。 私は全ての生物で一番感動するのは、一生懸命生きる姿を見た時です。 悠久の時間の中で、生物がその短い時間に抗うように必至に一生懸命生きる姿ほど美しく素晴らしいものはないと思っています。 そこで私の最後のお話として、私が今もっとも関心がある美について書いて終りたいと思います。 私が今物事を判断する最大の判断基準は美です。 そうすることが美しいかどうか。 そうしないことが美しいかどうか。 そう感じることが美しいかどうか。 そのように判断しながら生活しています。 そうすることが得か損かは大きな判断基準にはなっていません。 モーツアルトを毎日聞くのも、私の心の中が洗われて美しくなると信じるから聞くのです。 一生懸命に熱中するのも同じ理由です。  陰徳を積むことも美しいと思います。 今残された日本の誇る伝統の歌舞伎や能を見てみましても、人間が感じる美というものを極限で現していると思います。 茶道などの振る舞いなども美を凄く意識して組み立てられています。 武士道は人間の心の持ち様を最高の美にまで追求したものと私は解釈しています。 ところが最近の日本では、これくらい昔の日本人が大切にしてきた美意識をいとも簡単に放棄してしまいました。 この間もテレビを見ていたら、「安倍首相も美しい国なんて訳の判らないことを言ってないで、もっと地方に金を持ってきてください」といっている男性が映りました。 安倍首相がどのような意味合いで美しいという言葉を言われたかは判りませんが、少なくともこの男性が言った言葉が今の日本をある意味で代表する言葉でしょう。 勿論お金も大事です。 しかしこのお金さえあれば問題は解決するのでしょうか。 お金が必要なのはいつの時代でも誰もが求める当たり前のことです。 それと同じかそれ以上に私は美意識の復活こそ今後の日本が目指す方向ではないかと思っています。 美意識のない人には恥じはありません。 菊と刀を表したルース・ベネデイクトは日本の文化は恥の文化と喝破しました。 この恥は心の中にある美意識があるから恥を感じると私は解釈しました。 自分の心の中にある美意識に反したことをした時に、人は恥を意識すると思うのです。 ところがこの美意識がなければ、人に見つからなければ、行政のトップが平気で汚職をする。 会社の経営者が粉飾決算に手を染める。 これらは全て心の中に美意識が存在せず、恥の気持ちが生じない人だからです。 懐古趣味で昔の人が全て良いと言う訳ではありませんが、大阪の重要文化財になった中ノ島公会堂はある株式仲買人(岩本栄之助)の寄付で大正末期に立てられたものです。 ところがこの仲買い人は完成を見る前に、ピストル自殺をされたのです。 その後相場が暴落をして大きな借金を背負ったからです。 友人が見るに見かねて、「あの寄付金はなしにしたらどうだ」といった時に、そんな恥さらしなことをするくらいなら死を選ぶといって、従容としてあの世に旅たたれたそうです。 自分の美意識に反することをしてまで生きるぐらいなら、死を選ぶという武士道精神を持った人が今の世の中におられるのでしょうか。 何が美であって何が美でないか。 これは理屈ではありません。 人が人を殺すのを見て、そこに美を感じる人はおられるでしょうか。 もしそんなことに美を感じて実行する人がいたらその人は異常です。 しかし何故殺人がいけないのですかと問われたら、理屈や条理では説明できません。 いけないからいけないのですという訳の判らないことでしか説得できないのです。 今は平気でそんなことを聞いてくる子供さんがいるとある先生から聞きました。 この先生は説明できなかったそうです。 それは今の日本人に昔あった共通の美意識が欠落しだしたから、そういう子供さんが出現したのです。 我々の年代では、そのようなことに疑問をもつ子供は殆どいなかったと思います。 それはその時には未だ日本人に共通の美意識があって、そのような美意識に反することはいけないと本能的に理解していたからだと思います。 私の家の前の公園に平気でゴミをポイ棄てする高校生に、注意しますと彼等はきょとんとしたような顔をして私の顔を見ています。 悪気はなさそうなのです。 ゴミを捨てることが公園を汚しているという意識が欠落しているのです。 戦後の日本は何もなくなり、欧米に追いつき追い抜く為に効率重視、物重視の世界をひた走りました。 今日の新聞に高校生達5人が公園で寝ていた人に火をつけて殺そうとしました。 その理由がこのような人は社会に何の役にも立たないから殺そうとしたと言ったそうです。 彼らが言う言葉の背後に,今の日本人の精神のありようが透けて見えるようです。 兵庫県のコウノトリが舞い戻っても、日本の生産額が増える訳でも何でもありません。 しかしコウノトリが里山に舞う美しい光景を見ることは、心を和らげ
和ませ豊な美しい心を育みます。 この計算できない美しさの素晴らしさを感じ、取り戻さないと、人間はロボットとなって,いずれロボットと区別できない物に成り下がっていくでしょう。 
どちらが得か損かだけの判断思考なら、今のコンピュータは逆指値機能で見られるように判断できる段階まで進化しました。 しかし美しいものに感動し涙することはコンピュータには絶対に
できないでしょう。 自分が美に感動し、真に納得し、善を尊ぶ人間であることに誇りを持ちましょう。 

* 改めてこれほど多数の方からブログ再開のラブコールをいただいたことに心から感謝いたします。 にもかかわらずブログを中止しました私の我侭に対して心からお詫びいたします。
ブログは閉鎖せずこのまま残しておきますので、また機会がございましたら訪問して読み返していただいたらと思います。 長い間本当に有難うございました。 
キープ オン アベニューの株式講座はそのまま続けますので、これからはそちらで株式投資についてはご覧下さい。
by 11miyamoto | 2007-08-05 17:49 | 雑感

エピローグ  4

私も経験と年齢を積み重ねて、ようやく今の心境に至りました。 人(動物)に優しく自分に厳しいとか一旦決めると強情でテコでも引かない性格や、マイペースで余り人のことを気にしないで行動するB型といった基本的な土台は変わりませんが、生きていく上での気持ちは先ほども書きましたように随分変化しました。 その一番が「自分は生かされている」という気持ちを、今から20年ほど前に持ったことです。 それまではそのような気持ちを全く持っていませんでした。 小さい頃から貧乏暮らしで、そこに戦争が挟まりましたので、私は小さい頃から人に対して依頼心が少なく、食べ物も自分で調達して生き残り、学費も高校生から新聞配達などをして親の負担を減らして精神的に自活してきました。 私は自分でかなり自活して生きてきたという思いが強かったので、人の世話になって生きてこなかったという潜在的な意識が強かったと思うのです。 その思いがあったため、子育てもその気持ちが出て厳しいものになったと思います。 しかし時代が全く違うのに、今考えますともっと対話をして押しつけるのではなく、子供達の自主性を尊重すべきだったと反省しています。 私の反省は子供達に受け継がれ、また違った形で生かされるでしょう。 話はまた少しそれましたが、生かされている話に戻しましょう。  このことに目覚めたのは、私が普通の人だったら何度も死の体験をしただろうと思われるような出来事に、数えただけでも10数回(その後でも7回)も遭遇しているのですが、全部無事怪我一つ負わず生還している事に気がついたからです。
それと同時に霊的な経験も4回経験しました。 これは一部前に書きましたから再度書きませんが、丁度人生のおりかえし点の年齢になった時に、このような考えが突然閃いたのです。 良くいわれる神の啓示そのもののような感じでした。 今まで自分の人生は全部自分が切り開いて進んできたという思いと全く反対の考えが閃いたのです。 それまでの私の人生は、誠に我欲の固まりのような生き方でした。 私の性格は本来は人には温和で、こちらからは絶対に人は傷つけない生き方と思っていましたが、しかし私が我欲を張れば結果的に人を傷つけたことになるのです。 それまでも私は良く自分は何故生きているのかという問いかけをするほうでした。 この時は自分の会社での将来が完全に見えた時でしたから、自分は何のために生きてきたのかを徹底的に考えました。 普通ならいくつ命があっても足りないのに、何故か私は生き残った。
それは私の命を自分だけのために使えということではなく、その貴重な命を何か人の為になることに使え。 その為にお前をこの世に生かしておくのだという神の声を感じたのです。 そのような声を感じて私は「生かされている」と信じるようになったのです。 それと同時に今までの自分の生きてきた道筋の中で、私が気付かずに受けてきた数々の親切や助けを見逃していることにも気がついたのです。 凄く沢山の方のお世話や助けの中で生きてきたのです。 不足は言わなかったものの、自分の力だけで生きているとは何と傲慢な生き方であったのかを思い知らされたのです。 今までの生活の中でいかに感謝の気持ちがなく生活をしていたかを知ったのです。 それと病院の世話にもならず、車椅子を使うような生活もせずに、五体満足に毎日が過ごせる有り難味と、それを支えてくれた妻や沢山の人の存在の有難さを実感したのです。 私で出来ることを感謝の気持ちを持ってさせていただく、それが私の今後の与えられた役目だと感じたのです。 しかしその考えもまもなく間違っている事に気がつきます。 人に何かをしてあげるという考えそのものが、すでに傲慢だと気がついたのです。 人はいろいろな考えの中で生きておられ、私が良かれと思って何かをしてあげても、その人にとっては有難た迷惑の場合もあるのです。 また受け手としてしてもらったというのは大きな負担になることもあるのです。 人の心を汲むというのは、まさに自分の心との戦いです。 自分の心が広く相手の気持ちを大きく受けとめる大きさ広さがないと、してあげたというのはただ単なる自己満足に過ぎないのです。 その問いかけを絶えずしながら、これからを生きていきたいと念じています。


続きます
by 11miyamoto | 2007-08-05 11:46 | 雑感

エピローグ  3

エピローグも後2、3篇書いて終りたいと思います。 長いエピローグになってしまいました。
今回は私と株について書いてみたいと思います。 長い長い戦いでした。 勿論これで終わるわけではないのですが、その戦いで私は何と戦っていたのでしょう。 それは初めは自分の我欲と戦ってきた戦いだったといえると思います。 株を始めた46年前の頃、ただただお金がほしかっただけです。 丁度その時私は大学生。 それも親元に不幸があり、親からの仕送りなしの、毎日が勉強よりもいかにアルバイトでつなぐかという瀬戸際の戦いの最中にありました。 体で稼げる限界を(家庭教師と皿洗いなど4つのアルバイト)悟った私に、その時のなけ無しのアルバイトで貯めたお金が18万円。 このお金をかけて株を始めたのです。 そこでアルバイト料と株の運用金で私は残り3年間(お金に窮して1年間休学)を乗りきり、無事大学を卒業し関西の大手企業に入社できたのです。 もし私に株という選択肢がなければ、中途退学という別の人生がありました。 今になればそれも人生という気がしますが、その時の私にはそのような余裕はなく、ただ大学を卒業して良い会社に入社すること以外は考えられなかったのです。 今思えば株の師匠もなく明日上がる株を探すのに五里霧中の株式投資でした。 しかし幸いにも日本がオリンピック景気で盛り上がり右肩上がりの時代が故に救われました。 また儲けた後余り簡単に儲かるのでぴたっと止めたのも正解で、その後の証券不況も上手く乗り切れたのです。 ただ就職は厳しくなり苦戦しましたが。 そして2番目の株に再び取り組んだのも、入社して数年経ってそれほど苦労して入った会社なのに、自分の適性とサラリーマンとが合わないことを悟ったのです。 何でも自分で決めて行動する私と上司との馬が合わないことに気がついたのです。 そこで脱サラするお金がほしくなったのです。 といってもその時は結婚し子供2人。 蓄えなく食べていくのが精一杯の状態に、脱サラは夢の夢。 そこで再び少額資金ですが、昔とった杵ずか株にチャレンジしたのです。 少額でチャレンジしている時は全て上手くいくのです。 段々上手くいきもう少しで脱サラも夢でなくなる時に、私は無謀にも借金をして最後の勝負に出たのです。 そしてその時を待っていたかのように、今回同様アメリカ発のブラックマンデーが襲ったのです。 借金で膨らんだ株券はこなごなに散ってしまい、資金を作る株作戦は大きな借金となって残ってしまいました。 幸いこの時にローンを組んで家を買っていたので、ローンを組み直して最悪の事態だけは逃れました。 しかし脱サラどころか、大きなローンを抱えて子供の養育費に学費と一転生活にも困窮する日々が続いたのです。 それから退職金を手にするまで、私は株に手が出せない日々が続いたのです。 しかしこれも今考えるとラーキーでした。 日経平均は
その後ピークを迎えた後10年間途中彩戻しはあっても、03年4月まで下げ続けたのです。
実際に株には手を出しませんでしたが、退職金が入るまでずーとシュミレーション取引はしていました。 そこで私はお金を賭けない株式取引の醍醐味を憶えたのです。 それまではお金を賭けない麻雀なんて麻雀ではないというのと同じ感覚がありましたが、やってみるとお金を賭けなくても株式取引というのはある意味で囲碁に匹敵する面白いゲームであることに気がついたのです。 今まで株でお金を稼ぎたいという気持ちに大きな変化が生じた瞬間でした。 今までお金の苦労を嫌というほどしてきたのに、株で稼いでやろうという我欲が薄くなってしまったのです。 株式相場が終った後にチャートでシュミレーションするほうが楽しくて、毎日定規で線を引いていました。 従って昼間は株をしませんので、時間があまり定年退職後の4年間は最大手の調査会社に働きに出てたほどです。 ここで随分の人達と出会いました。 またここで働く人達の労働の厳しさを目の当たりに見たのです。 月給は少なく、辞めさせられても雀の涙の退職金。 大手企業に比べて明日の生活の設計が描けないほどの毎日の中での生活。 それに比べて私は今まで自分の生活がこの人達に比べて何と恵まれているかも知ったのです。 本当に有り難いと思いました。 私でできる恩返しのことはないかと真剣に考えました。 丁度その時は日本の製造業が中国ヘシフトし、地方の製造業は塗炭の苦しみの渦中にありました。 それと同時に地方の小売店も大手のスーパーやショッピングセンターに客を奪われ、殆どの小売店が昼間は電気もつけないで営業し、昔栄えた商店街は人が通らず閑古鳥が鳴く有様に変容しつつありました。 この現状を見て私の株への我欲が完全に消えたのです。 国や政治家、役人は表面ばかり見て、本当の民の苦難、特に地方の苦難を見て見ぬ振りをしている。 そのような変化を見逃し、茹で蛙になったのは本人が悪い。 自ら自助努力をせよと突き放したように私には映りました。 自由競争社会を提示するだけで良いのでしょうか。 そのような人に何か有益なアドバイスや愛の手の援助はあったのでしょうか。 掛け声だけでは、その日の生活に困る人達に何ができるというのでしょうか。 安全ネットをこしらえたのか、新しい仕事へのシフトに真剣に取り組もうとしたのか。 その答えが今回の参議院選の結果です。 奈良は本来保守王国の1画でした。 奈良だけでなくその他の19の一人区の地方も同じでした。 社会保険庁のミスが重なったこともありますが、しかしこれだけでこのような変容が生まれたのではないでしょう。 地方を見捨て、口先だけでない本当に親身のある態度をとらなかった怒りが爆発したのです。 その兆しは私が延べ4年間の間に廻った数100軒の中小企業の社長の態度から痛いほど感じました。 口先ではなく共に苦労して新しいものを作り上げる熱意が欠けていると感じました。 この苦しい地方の現状から何とかしたい。 今までにない新しい産業を生み出したいという思いから、調査会社を辞めて設立したのがアリアという会社だったのです。 今までの額に汗をして働く会社から、頭に脂汗をかいて働く株式投資会社の設立です。 奈良市に会社設立の届を出した時、定款にこのような構想を持った会社が殆どないことを知りました。 県にも勿論ないでしょう。 株は個人がするものか、株を本業にするとは本末転倒。 手に汗する製造業こそが男の仕事なのでしょう。 しかし奈良にも新しい風が吹き始めました。 女性映画監督の河瀬直美さんです。 彼女は奈良市の東の果ての農村を舞台に世界に発信する映画(もがりの森)を作ったのです。 素晴らしい快挙です。 すでに彼女の住む奈良の自宅に海外からも憧れて製作を手伝う外国人が集まり始めました。 
それに比べたら私の蒔いた種はまだ根ずきもしていない芥子粒のような存在です。 夢である株式道場も宮本道場ファンドも誕生していません。 しかし私は焦りません。 地歩を一歩一歩固めて何十年かかっても、また私が死んでも後釜の人が私の志しを継いでやってくれることを
信じてやっていきたいと思っています。 特に最近感じることは、今の日本はデリバテイブの知識や意識が薄いというか鈍いというか、欧米に比べて余りにも大きな差が生じています。 いくらトヨタや任天堂が外貨を稼いでも、その一方で濡れ手に泡の状態で欧米のデリバ集団に日本の株式市場からお金が吸い取られています。 このような金融先進国へキャッチアップする集団を今までのように東京ではなく地方に養成する必要があると思います。 この夢は少し飛躍し過ぎかもしれませんが、日本も今までの製造業だけの国ではなく金融面でも頭角を現す企業の誕生が待たれる時期に来たと感じています。 この10何年来の株シュミレーションは、いよいよ最終段階に来ました。 ほんの少額ですが、テストしていた株式投資のこの2年間の成績は、夢に比べてお粗末で余り自慢できない状態でしたが、最近ようやく短期・中期・長期という3つのつながりの3期一気通貫の打ち方が9分通り完成に近づきましたので、夢に一歩近づいたと思いここに一気に勝負をかける時期到来と思ったのです。 その完成に近づきつつある知識・知恵・ノウハウを、個人の財産形成に使うのでなく、新しい地方産業形成の種まきに使いたいと思っています。 これは砂漠に蒔いた種に等しいかもしれません。 ドンキ・ホーテの冒険と笑われるかもしれません。 しかし私は3年前に見た将来に夢をなくした人達に、こんな考え方もあるじゃないですか。 こんな方法でチャレンジして見ませんかというビジネスモデルを提示したいのです。 その夢の第一歩が株式指南宮本道場の設立であり、宮本道場ファンドの立ち上げなのです。 そして私の株式への旅は我欲から始まり、他利自利欲への旅へと飛び立ったのです。 私は今初めと違う目的で猛烈にお金がほしいと思うようになりました。 それは私がこのような目的を持ったからです。 
by 11miyamoto | 2007-08-04 11:07 | 雑感

エピローグ  2

私のブログを丹念に読まれた方は、私の株に対する最初の考え方と最近の考え方に微妙に変化があることに気づかれたと思います。 2年10ヶ月続けたのですから、変わって当たり前といえば当たり前なのですが、どこだかお判りでしょうか。 それは宮本武蔵の5輪の書の「観見の目付け」の部分です。 大切なところですからもう一度書きます。
観見二つの事 観の目つよく 見の目よわく 遠きところを近く見 近きところ 遠く見る事
兵法の専也  これを中長期投資の重視 短期投資の戒めという捉え方で初めは紹介してきました。 基本的にはその考え方に変化はありません。 ところがこの1年余り、私は碁に熱中していることは書きましたが、その中でも日本で一番強いとされる張 木羽棋聖の棋譜を並べていて気がついたことがあるのです。 それは本当に強い人は中長期の見通しだけでなく、目の前の
戦いにも強いことが最大の要件だと気がついたのです。 株と碁が全く同じとは思いませんが、
中長期の見通しに明るいということは、今の目の前でおこなわれている短期の戦いにも強くないと、現実の戦いに勝てないと思い始めたのです。 短期・中期・長期の3つの見通しの優れたバランスから素晴らしい戦いができるという、そういう考え方をしないと本当に強い戦いへの道はないという考え方に至ったのです。 この考え方が合っているのか間違っているのかは、まだ今の
段階ではわかりません。 ただ今の現実に起こっている戦いを軽視して、自分の立てた中長期の見通しだけを重視して戦う戦い方に疑問が出てきたのです。 碁では「大場より急場」といいまして、現に目の前で起こっている戦いが生死のポイントに入ったら、将来の大きな場所を無視しても(大局)このポイントのところに打つのです。 余り碁に強くない人が見ますと、広い碁盤の開いているところに石を打たず、1箇所にプロが競り合って戦うことがあるのですが、これが急場の戦いに入っているのです。 従って相場でも今が急場なのかどうかという見極めが、この短・中・長期のバランスを見極めるポイントだと思うのです。 いくら短期だから薄目を開けて眺めているだけでは駄目で、それが将来中長期にも影響を及ぼす兆しを見つけたら、その期間は短期ではあっても目を凝らしてみている必要はあると思うのです。 それで私は3線のアリアよりは、最近相場の流れを重視して書くようになったのです。 この流れが順調な時は、薄目を開けて将来を見据えているだけで良いのです。 しかしこの流れが堤防を決壊する危険性を孕み出したら、ここは急場に入ったのですから、毎日しっかり見張らないと将来に禍根を残すのです。 それも小さい堤防でなくある程度大きい堤防であれば尚更です。 それが昨年6月から続く短期の堤防決壊の節目である17、750円であったわけです。 この堤防さえ破れなければ、批判の矢面に立ちました来春22、000円の達成だったわけです。 この時に述べましたたった2、300円の小さい下落と思わないで下さい。 この短期の節目(堤防)を破られたら中期の節目までいきますよと書きました。 そして今回の下落は中長期計画の変更を迫られるまでになりました。 まだ変更に至るかどうかは後1、2ヶ月の株価の動きが決めます。 ここでもこの短期の読みが将来の中長期の読みとのバランスが要求されると思うのです。 この短期の読みから長期の読みに直結できない読みでは、中長期の見通しは単なる砂上の楼閣だと私は思うようになったのです。
短期の目の前の読みから、どんどん変化させて長期の読みを正確にしていく作業が本当に株に強くなるための必須の作業だと理解するようになったのです。 そこで必要なのは、今相場が急場かどうかを読めること、そして相場の流れを掴むこと、そしてその流れが変化する節目を見つけること。 この一連の作業を通じて短・中・長期のバランスのとれた読みを発揮することが重要と感じたのです。

続きます
by 11miyamoto | 2007-08-03 19:18 | 雑感

エピローグ  1

随分いろいろな方からコメントやメールそしてお電話までいただきました。 有難いことにコメントの一部を除き全てが再開か人生塾に変更しての続行を望まれました。 本当に有り難いことと深く感謝しております。 兎も角そのような応対にようやく一区切りつきましたので、今現在の私の気持ちを述べてみたいと思います。 皆様には今回の休止宣言は突然のことと思われたかも知れませんが、私は1、000記事目で終止符を打とうと考えていました。 ただ今回のコメント論争で時期が少し早くなったとお考え下さい。 初めからお読みの方はこれで3回目(2回目は休息宣言)だということもご存知でしょう。 しかし今回で朝令暮改なしにきっぱり株式ブログを書くのを辞めさせていただきます。 今のところはそれ以上のことは考えていません。 新たな株式ブログを立ち上げたり、有料の株式サイトを起こす気持ちもありません。 株式投資が嫌になったからとか、今回の暴落で莫大な借金を蒙ったからでもありません。 一番の理由はもう私の株式ブログの役目は、私の気持ちの中で終ったという見方からです。 これからも私がこのブログで稼ぐ必要があるとか、テクニックについてのみ書くというのでしたら、まだまだ続けられるでしょう。 しかし私がこのブログで目指した役割は、そのようなものでは有りませんでした。
株式投資という立派な経済行為を正しく認知してもらうこと。 株式投資ほど素晴らしいシステムはなく、その株式投資そのものを楽しんでいただくこと。 ただただ一攫千金の博打場のように、
お金を稼げたかどうかという狭い目的のみに固執した考えから脱却してもらいたかったことが私のこのブログで書きたかったことです。 幸い私の主張に対して多くの方から賛同を得られましたことは、本当にこのブログを書いて良かったとつくづく感じました。 しかし私の力は微力で株式投資でそんな綺麗ごとは通用しない、 そんなことよりも今までにいくら儲けたのか売買表を出しなさいと税務署の関係のような方もおられました。 良くも悪くも欲望の源泉になるお金についての考えは、その人の持っている生き様人生感をまざまざと映し出します。 同じお金を
儲けたということであっても、お金のためなら手段を選ばない人、自分のためばかりでなく人のためにお金を稼ぎたい人、まさに人生いろいろです。 そして発言一つをとっても、その人の人生観そのものが出てきます。 一部の方ですがプロサイドⅡという偽名(ごめんなさいプロサイドⅡさん、勝手にお名前を使ってしまって)まで使って有料化へもっていこうという魂胆が許せないと、怒りの発言がございました。 チャート白本の時にも、「魂胆が見えた」この為にブログを書いていたのか。 ブログでは正義ぶって許せないという非難の抗議がメールやコメントに随分もらいました。 わるはわるで許せるが、正義ぶったわるは許せないというわけです。 しかしそれはそっくりその方の人生観そのものなのです。 人間は人を思い遣るに、自分の人生観でしか語れないのです。 話は少しそれましたが、もう一つ私が狙っていたのは、私の40数年の経験を語ることによって、初心者の方のレベルアップを図り、プロがアマを食いものにしている現状を打破したかったという思いがあります。 従って一部ご指摘がありましたように私の記事は教科書的ではありません。 かなり勇み足があったり、説明不足がありました。 それにもかかわらずこれだけ沢山の方が見に来ていただけたのは、私の思いが通じたのだと思います。 私があえてそのような書き方をしましたのは、「株式に絶対はない」という40数年間で骨の髄まで学んだ鉄則からです。 株の動きは太陽が東から出て西に沈むという間違いのない自然現象ではないのです。 明日はどんなことが起こるかわからない人間が、今という一瞬をかけて凌ぎを削るのです。 そこで起こることには原理原則はなく、経験知の経験則上と言うものがあるだけです。 それも過去の古い経験則ではなく、それを踏まえた最近の経験則が求められます。 それと株式市場には「相場師は相場を語らず」という諺があります。 これは二通りの解釈があり、一つは相場を語るとその人のつきが落ちて落伍するというものと、相場師はプロサイドでその仲間を裏切る手口を教えるものは抹殺されるというものです。 勿論私が相場師なんていうレベルとは程遠い存在ですが、李下に冠を正さずの例があるように、どう間違って誤解されていつ殺されるかわからない時代ですから、用心にこしたことはないでしょう。
それと今回のコメントを読んで安心したことがあります。 この3年弱私が念じ続けていました私のブログが触媒となって、自ら考えて自分の投資法を編み出す方が出てこられるのを心待ちしていたのです。 魚を貰う人ではなく、魚を釣れる人に育ってほしいという願いが、最近講演会や
メールで確認出来るようになりました。 また今回相当の方が自分の投資スタイルを自ら作り出しておられるのを見て安心しました。 その意味でも私がいつまでも皆様の自立の妨げになるのではなく、ある日突然いなくなるのが皆様の株式投資での上でベターかとも思うようになったのです。 その理由は株式投資に王道なしで、この方法をとれば勝てるという絶対法則はないのです。 風邪薬で万人に効く風邪薬がないのと同じです。 今回問題になりました13週線か26週線か52週線かについての売買の結論も、銘柄によってまた時期によって、またその人の運用資産額によって、また短期決戦か長期持続かによって、その人の持つ条件で決定すべきことで、絶対に人任せにしてはいけないことなのです。 どうしても決められなくて相談というのでしたら、このような条件を全て述べて参考にされたら良いのです。 このような基本的なこをいつもも決められないようであれば、とても自分の投資法の確立とは程遠いものになるでしょう。 オープンに開かれたブログの限界はこのようなところに感じました。 あまたある訪問者全てが条件が違う状況で読まれているのです。 そこで私が原則こうですと申し上げても、実際に当てはまる人が何人おられるか判りません。 そこで重要なのは、宮本はこう言っているけれども、私の投資スタイルはこうなので今回は該当しないという判断力こそが求められるのです。 私が申し上げられることは、今までの経験則からはこういうことが読めますということまでです。 例外は株にはざらにありますから、絶対と信じないことが重要です。 いくら沢山の知識やテクニックを学ばれても、1番重要なのはこの自分スタイルの投信法を確立する為に学んでいるということを先ず念頭におかれることです。 インプットばかり増えても、アウトプットの答えがばらばらでは学んだ意味がないのです。 学ぶことの重要性は過去にもかきましたが、まず手本を徹底的に学ぶ、そして自分に合うところと合わないところを分けて
そして自分のスタイルを確立して、手本から離れていくのです。 そこの確認がなく手本だけを真似ても、本当に理解したことにはならないのです。 それと同時に自分の確立した投資スタイルは、基本的な部分は変えてはいけませんが、枝葉の部分は絶えず進化させていく必要があります。 そのような地道で根気の要る作業こそが喜びとなり成果を生み出すことに株式投資の醍醐味があると言えます。 結果としてのお金が儲かる喜びに比べ、はるかに素晴らしい喜びとなるでしょう。

続きます
by 11miyamoto | 2007-08-03 10:54 | 雑感

キープ オン アベニューのマネー企画 第7話 配信

今日キープ オン アベニューのマネー企画の株式指南宮本道場の株式投資戦略第7話が出ました。 書き上げましたのが7月25日(木)でしたので、その後の大暴落を知る前でした。 もう少し私が書き上げるのが早ければ、狼狽売りをされた方に幾分参考にしていただけたかもしれません。
しかし未だ今回の相場の動きで行動されなかった方は是非読んで参考にして下さい。 

http://www.keeponavenue.com/kol/index_m_miya07.html
by 11miyamoto | 2007-08-01 17:35 | 雑感