私の武士道

昔の侍の武士道と言う言葉が今の日本では死語になってしまいました。
良く知っている言葉として「武士道とは死ぬことと見つけたり」ぐらいでしょうか。
逆に外国人の方が今やこの精神についての関心が高い状態になりました。

私は株をやるようになってから、この武士道と言う言葉が株にとって非常に大切な精神状態を現している言葉として理解するようになりました。
一般にいつでも死ねる覚悟といった安易な解釈ではなく、良く生き抜く為に精神状態を
どう日頃から鍛錬して生き抜くのかというのが本当の意味だと思うようになりました。
そして生か死かという究極の場面で、冷静かつ大胆に最良の選択がいつでも出来るように
準備を怠りなくすることこそ武士道の求める道だと解釈をするようになりました。

闘いがあるから鍛錬するというのではなく、いついかなる時に闘いがおこっても、日頃から
最良の選択が取れるように、自分の精神や肉体をスタンバイにすることが望まれる訳です。
このような時に慌てふためき気が動転するということは、その心の準備が日頃から出来ていない証拠といわれてもしょうがないでしょう。
それではその精神とは何かと問われたら、私はこの信念が破れれば死んでも仕方がない
と思える程の信念を持つことだと思います。

死を超越した信念といえばやや大袈裟になりますが、自分の死を超えた信念を持つこと
が、その人の計り知れないパワーの源泉となるのではないでしょうか。
by 11miyamoto | 2004-11-21 10:26 | 雑感


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