私の生き方の転機になったある話。

今から20年以上も前になりますが、東京で勤務をして組織の上を目指して頑張っていた時の会社時代の話です。    出身校の大阪の高校の同窓会がありました。   東京にはその当時で約3分の一の先輩・同窓生・下級生が東京で勤務したり、住んでいました。     その中でK君とは親しかったのでよく話をしたのですが、彼はその直前に西ドイツに5年ほど海外勤務をしていました。
彼が西ドイツに赴任して3年を過ぎた時に、親しくなった西ドイツの会社員に「これからは個人的にも親しくして頂きたい」と友人になってもらいたい旨の挨拶を交したそうです。   するとそのドイツ人は即座に「お断りします」とにべもなく断ってきたのです。   彼にすれば気も許して話し合ってきたつもりなので、何故断られたのか理由が判らず聞き返したと言います。
するとかのドイツ人は「貴方の生活は軍隊そのものです、私は軍人の友は持ちたくない」と答えたそうです。   初めK君は何を言われているのか訳が判らなかったといいます。   私もこの話を聞いた時は同じ感想を持ちました。  しかしよく聴いて見ると、ドイツにくる日本人の生活は、企業軍人そっくりだとそのドイツ人は言うのです。   企業に滅私奉公で、自分の考えも持たず、妻も同伴せず、社会奉仕の考えもなく、ひたすら企業の繁栄のみを願う軍団に見えたらしいのです。  彼曰く「ドイツでは自分、家族、社会の全ての義務を放棄して、唯一専念できる集団は軍隊だけだ。   貴方は正規の軍には属してはいないが、会社という軍に属している企業軍人だ」と宣告されたのです。    私はこの話を聞いた時に、雷に打たれたようなショックを感じました。    それは私がその時に仕事を続けていた時に感じていた違和感に、正に楔を打ち込まれるものだったからです。   今の仕事のやりかたで自分の能力は高まっているのだろうか、私が入社の時に誓った正義や誠実が実現されているのか、殆ど会話のない家庭での家族の気持ちは私をどう見ているのだろうか、そして私は本当に社会に貢献する仕事をしているのか、ただ単に会社の利益追及の手先で働いているだけではないのか。
それから私は随分この考えの中で悩みました。   既にこの時二人の子供を抱えて一番費用のかかるときです。   理想を貫くには余りにもその時の財政基盤が貧弱過ぎ、またその為に余計企業戦士として上を狙い益々理想と遠ざかるという矛盾の生活を余儀なくされたのです。 結果としてはとうとう定年まで理想も脱サラも実現できませんでした。   臆病だったのです。
しかしその時に一つだけ誓ったことがあります。    死ぬまでにこの時に感じた理想の会社を作りたいという強い願望です。    まず最初は私と妻からの小さい会社でよいから、自分を生かし、妻に満足を与え、正義・誠実を旨とし、社会に貢献できる礎をこしらえようと願ったのです。
その執念が今私が展開する3線のアリア理論を生み出したのです。   これからこの理論を展開して、出資者にも、これからの社員にも、また利用していただくお客様にも貢献したいと願っています。        
by 11miyamoto | 2006-02-02 18:52 | 雑感


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